エコシステムとは、プラットフォーム事業者と補完事業者から構成されるグループを意味する言葉です。例えばiPhoneという製品は、キホンソフトウェアであるiOSや端末(iPhone)を有するAppleというプラットフォーム事業者と、アプリやアクセサリー、通信回線などを提供する補完事業者から構成されています。
近年、プラットフォームビジネスが注目されていますが、エコシステムという用語は、そのプラットフォームを担う事業者と、その事業者にとっての補完事業者と併せて「1つの生態系(エコシステム)」として比喩的に理解することで、生態系そのもの(グループ全体)の強さや付加価値を考察する際に用いられる考え方です。
例えば、「スマートフォンビジネスにおけるiPhoneとAndroidの違いは何か」、「どちらの方が戦略的か」ということを考察する際にエコシステムという単位で分析を行います。
一般的に、エコシステムに多くの補完事業者が集まることによって、エコシステムの規模は大きくなり、製品の機能や価値が向上していきます。例えば、プラットフォーム事業者であるLINEが形成するエコシステムには、クリエイターが提供するスタンプのみならず、ニュースや音楽コンテンツ、ショッピングなどの補完事業者が集まることで、その価値が日々高まっています。このようにエコシステムの価値が高まると、より多くのエンドユーザーが集まり、それがインセンティブとなり、さらに多くの補完事業者がそのエコシステムに引き付けられることになります。
エコシステムを形成するプラットフォーム事業者が成功を収めるためには、こうしたサイクルがうまく循環していく仕組みを構築することが重要になります。
エコシステムの由来
エコシステムという言葉は、もともとは生物学の言葉でした。生物が暮らす環境や性質、そしてその繋がりを意味する「生態系」という言葉を英訳すると「Ecosystem」になります。
例えば、海の波打ち際にはイソギンチャクやカニ、ヒトデ、ヤドカリ、小魚、海藻などの無数の生き物がいます。これらの生物はお互いに支え合って生きていますが、例えばイソギンチャクだけを取り除くと、その場所の生態系が崩れて他の生物が全滅する可能性が生まれます。
つまり、「生産者」「消費者」「分解者」という物質循環によって、自然が保たれているのです。
ビジネスのエコシステム
ビジネスにおけるエコシステムは、業界の枠および国境を超えて、企業同士が共存・共栄していく仕組みを意味します。異なる複数の企業やライバル関係にある同業他社が協力することもあり、コラボキャンペーンのように限定的な共存もエコシステムに含まれますが、生産業者と物流業者が連携するアライアンスや、共同開発はエコシステムとは呼べません。
ITにおけるエコシステムも、「基本OS」「デベロッパー」「ベンダー」「サードパーティ」「ユーザー」「ベンチャー」といった異なる分野がそれぞれの環境を維持させ、収益を上げる仕組みを作り上げています。
ITのエコシステムで重要なことは、それぞれの構成要素となっているパーツが平等に利益を得られる仕組みを構築していることです。
エコシステムの種類
ビジネスにおけるエコシステムには、2つの種類があります。
クラウドエコシステム
クラウドエコシステムとは、それぞれの企業ががデータ連携を行うための仕様であるAPIを公開することによって協力していく仕組みを意味します。また、関連技術やサービスの連携に、多くの企業が参加していることも特徴であり、例えば、労務管理システムなら給与計算システムや勤怠管理システム、会計ソフトなどとAPI連携を行うことで、利便性が向上していきます。多様化するユーザーのニーズに対応しながら、異なる企業間と協力することで、ユーザーの囲い込みもできます。
データエコシステム
データエコシステムとは、分野の違いを超え、データを流通させることを目的とした協力関係です。データエコシステムは、分野などを問わず幅広い企業間でデータの共有や流通が行われることが特徴で、例えば、データエコシステムによって「IoT市場」がどんどん拡大しています。IoTデータは、一般的なIoT家電や工場などのIoT機器などから広く集めることができ、それらのデータを共有・流通させることにより、IoT家電や機器が開発・販売されることで市場が拡大します。
エコシステムのメリット
企業の認知度が高まる
エコシステムを構築することによって生まれるメリットとしては、まず企業の認知度が高まることが挙げられます。企業同士で協力できる環境が生まれることで、それぞれが自社の顧客へ向けて周知するため、それぞれの起業の製品やサービスに関する情報を顧客に認知させることができます。
また、それぞれの起業の優れている部分を生かした新しい価値のを創出したり、集客の幅を広げるなど、サービスを展開する上で優位に立てることも多くなります。企業間の顧客層も異なっている場合が多いため、未獲得の顧客への適したアプローチを行うことが可能になります。
多くの企業や顧客を呼び込める
エコシステムを自社で構成することができれば、プラットフォームの中心となる役割を担うことができるため、顧客のニーズに対応するための新しい市場を創出することもできます。
単独でビジネスを行う場合はビジネスの規模も小さくなりますが、協力してくれる企業が増えることでより大きなビジネスを行うことが可能になります。このようにエコシステムを構築することで多数の企業を呼び込むことができ、それに付随して顧客の獲得も期待できます。
 
新たなビジネスモデルの創出
エコシステムを形成することによって、新たなビジネスモデルを生み出すことも可能です。新しいビジネスモデルを生み出すことができる理由としては、社外のアイデアや技術を集めることで新しい製品やサービス、ビジネスモデルを作り出すことができるためです。
従来までは自社のみで製品やサービスの開発や改良を行うことも可能でしたが、現代では技術の高度化やITの発展などが影響して、一つの起業だけでは新たなビジネスを生み出すことが難しいという現状があります。
 
オープン・イノベーションの創出
オープン・イノベーションとは社外から新たなアイデアや技術などを収集しながら、新しい製品やサービス、ビジネスモデルなどを生み出すことを意味します。
近年では、技術の高度化やITの発展、プロダクトライフサイクルの短期化から、自社のみで製品を開発・改良を行うことが難しくなっっています。そのため、経営資源が限られている中でも、新たな製品やサービスの開発を行うために、企業同士と協力することが増加し、オープン・イノベーションの考え方が広がっています。それにより、多様化するユーザーニーズへの対応や新しい知見や技術の蓄積、事業推進力の向上などオープンイノベーションにおける多くのメリットが生まれています。
 
エコシステムのデメリット
インセンティブ設計を誤るとビジネスが失敗する
エコシステムの発展の成否は、補完事業者をエコシステムに集め続けることができるかが鍵となります。そのためプラットフォーム事業者が補完事業者へのインセンティブ設計を誤ると、エコシステムの発展は停滞します。
例えば、2018年、日本のファッションECサイトのZOZOTOWNが有料会員向け割引サービス「ZOZO ARIGATO」を実施したことで、ブランド価値の低下を嫌がった出店ブランドが撤退したり、出品を一時的に停止したりする事態が生じました。また、競合のエコシステムの発展による「エンドユーザーや補完事業者の減少や停滞」も問題になります。例えば、日本のレシピサイトの「クックパッド」は競合する「デリッシュキッチン」の躍進などによって、利用者数が減少しています。
エコシステムの成功条件
エコシステムを成功させるには何よりも「いかにして補完事業者をエコシステムに集めるか」が重要となります。補完事業者の参加なくしてエコシステムの構築は不可能です。このことを前提として、ここでは、プラットフォーム事業者による補完事業者のマネイジメント上の要諦をいくつか整理します。
オープン化と補完事業者のマネイジメント
プラットフォーム事業者として、エコシステム内で必要となる製品をどこまで補完事業者に頼るか、または、自社は何に集中するべきかの意思決定が必要となります。
例えば、iPhoneのエコシステムにおいては、補完品であるスマートフォンの製造やアプリストアの運営はAppleによってクローズドに行われていますが、Androidでは他社にオープンにされています。
インセンティブの提示
補完事業者をエコシステムに集めるためにはインセンティブが必要となります。最も分かりやすいインセンティブは金銭的な報酬です。例えば、自転車シェアを扱うMobikeは、テンセント陣営に入ることで、テンセントのユーザーの取り込みやWeChat Payを用いた決済の簡便化による拡大が見込めます。
一方で、金銭的な報酬だけでなく、利用者の無償の参加意欲を刺激したり、補完事業者に当該エコシステム全体の社会的意義を示したりすることも必要となります。例えば、アプリの開発をする技術者にGoogle Playを通じて自分のアプリが世界に広まることへのやりがいを示したり、テンセントのエコシステムに参加するECサイトに中国市場の発展の未来を示したりすることがそれらに該当します。
 
エコシステムの事例
Android
AndroidはGoogleが提供するスマートフォンのOSであり、Googleがスマートフォン産業で形成するエコシステムのプラットフォームとして位置づけられています。
スマートフォンのエコシステムは①コンテンツ、②コンテンツストア、③OS、④ハードウェア、⑤ネットワークから成り立っています。このうち、プラットフォーム事業者であるGoogleが中心となって展開しているのがOSの「Android」とコンテンツストアである「Google Play」です。
Googleのこのエコシステムにおける取り組みは、Apple(iOS)の取り組みと異なります。iPhoneの場合はiTunesでしかアプリを購入できませんが、Androidの場合はGoogle Play以外でもアプリを購入できます。つまりネットワークを提供する通信キャリアなどが自社でアプリストアを持つという選択肢が生まれます。
他にも、AppleはiPhoneの製造を自社で独占していますが、Androidはオープン戦略を採用しているため、他社もAndroid搭載のスマートフォンを製造することができます。
このような各エコシステムにおける取り組みの違いは、補完事業者の経営行動に大きな影響を与えます。
テンセント
テンセントは世界最大のゲーム会社ですが、同社はそのプラットフォーム上で様々なサービスを展開していることが特徴です。
例えば、中国国内最大級のメッセージアプリの「WeChat」や「QQ」、モバイル決済サービスの「WeChat Pay」、SNSの「Qzone」、オンラインゲーム、ニュース、動画・音楽コンテンツ、ブラウザなどがあります。
また同社は、中国国内やアメリカのゲーム企業を買収したり、他にも有力ゲーム企業であるSupercellやアクティビジョン・ブリザードの株式を取得するなどして、補完事業者をプラットフォーム上に集めています。
さらに決済サービス「WeChat Pay」では、POSレジを必要としないQRコード決済を採用することで、補完事業者である導入店舗を二しています。他にも、シェアリング自転車の「Mobike」に出資することでサービス利用時にWeChat Payを利用させるなど、テンセントの展開するサービスとシナジーのある補完事業者を揃え、エコシステムの価値を高めています。
Apple
Appleはエコシステムで成功している代表的な企業の一つです。Appleでは主に、製品とコンテンツの2つの形態での連携をしており、まず製品面ではAppleが提供するiPhoneやMacBookに必要なパーツであるスクリーン、カメラ、チップセット、キーボードを作る企業との連携が例として挙げられます。iPhoneやMacBookを作るAppleにとっても、各パーツを作る企業にとっても、収益を伸ばす上でお互いの存在は必要不可欠な存在となっています。
また、コンテンツ面では、Apple Music、iTunesストア、App store(各アプリ)との連携が例として挙げられます。端末とプラットフォームを提供するAppleと、音楽や動画、アプリを提供する企業、そしてそれを活用するユーザーの3者間によって収益が発生しています。
このようにAppleでは、Appleの運営するプラットフォームを中心としながらも、利益をAppleで独占せず相互的に利益を発生させるというエコシステムを構築しています。
Microsoft
ソフトウェアの開発と販売を行うMicrosoftは、新しいアプリケーションを企業同士で共同で開発したり、パートナー企業から得たデータを基にクラウドプラットフォームを強化しています。
また、Microsoftは自動車関連企業と連携して、自動運転や電気自動車の開発、ライドシェア・配車サービスの取り組みなど、様々な新製品・新サービスを開発していることでも有名です。Microsoftは将来の自動車の可能性に目を向け、自社のAIサービスやIoTなどを提供し、自動車企業がデジタル機能を構築・拡張できるようにサポートシステムを提供しています。
このように、Microsoftにとって他社の技術は自社にとっての重要な成長要素となり、他社にとってもMicrosoftの品質の高いサービスは必要不可欠な要素となっていることがエコシステムの成功のカギとなっています。
Amazon
Amazonは、大規模なエコシステムの展開によりビジネスを発展させてきた企業といえます。Amazonといえばショッピングモールが有名ですが、ほかにもクラウドやタブレット端末、スマートスピーカーなどさまざまな製品やサービスを提供しています。
このように企業と消費者の両方にとって魅力的なプラットフォームを構築することによって、多くの顧客を集める手法を確立しています。
成功した要因としては、AmazonはECモールからスタートし、エコシステムによるプラットフォームの構築によって参入する市場を拡大したことが成功の要因です。その結果として、幅広い分野で高い利益を出せるようになっており、他の起業が参加しやすいプラットフォームを構築した点も成功の要因と言えるでしょう。
エコシステムの導入方法
1.自社のポジションの確認
エコシステムを実現するためには、市場における自社のポジションを確認することが重要です。自社の製品やサービスがエコシステムの中心になれるか、既存の中心となるエコシステムの一員となれるか、自社の製品やサービスがエコシステムを導入・参加することでメリットを受けられるポジションにいるのかを確認することが必要となります。
2.最適なエコシステムの検討
自社にとってのシナジー効果を最大限に発揮させるために、最適なエコシステムを検討する必要があります。多くの企業が提供しているエコシステム同士を比較し、自社がどのように協力できるか、どのようにエコシステムに参加するかの方向を決定します。エコシステムへの参加には、ある程度のコストが必要となる場合もあり、投資に見合う費用対効果が得られるかどうかもエコシステムを実現するための重要な事柄です。
3.自社にとってのメリットを検討
エコシステムを導入することで、自社にどのようなメリットがあるかを確認することが重要です。エコシステムの導入から利益を生み出すには、多くの時間とコストが必要になります。エコシステムの導入を社内へ認知させ、内部の協力も得る必要があります。さらに。社内に存在する細分化された業務の棚卸しやコストの最適化、社内外での情報共有手段を整理するなどの下準備を行います。エコシステムは企業同士の協力が前提となるため、情報共有は必須です。エコシステムに組み込む業務を選定し、効率的な業務フローに整理しましょう。
エコシステムが必要な理由
世界中のさまざまな企業同士が協力しながら、共存・共栄していくためには、お互いの収益に貢献しあえる仕組みを構築することが重要です。
近年のIT技術の発展は素晴らしいですが、IT技術が発達したことで提供できるサービスは多様化し、1つの企業だけで製品やサービスを完成に導くことが難しくなっています。そのため、企業同士や製品同士が協力しあうことや、それぞれの製品やサービスの足りない部分を補完するような関係を持つことが必要です。
エコシステムは企業同士の協力関係が必要
エコシステムを効率的に働かせるためには、参加している企業同士が協力しあって最大のパフォーマンスを発揮できる環境が必要です。エコシステムがうまく働かなければ、一部の企業だけが多大な利益を上げ、エコシステムの独占を招いてしまう可能性も生まれます。十分な準備と配慮が必要にはなりますが、新たな市場を開拓するために、エコシステムの導入を検討してみましょう。